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福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)843号 判決

被告 被控訴人 名島信用組合

理由

一  控訴人と被控訴組合との間に、昭和三七年二月六日訴外徳永文夫が被控訴人から借受け負担する債務(この債務の内容については、左記のとおり争いがある。)を担保するため、控訴人所有の原判決末尾目録記載の有価証券を被控訴人に譲渡し、期限までに債務が弁済されたときは担保有価証券を返還する趣旨の譲渡担保契約が成立し、即日控訴人が同証券を被控訴人に引渡したことは、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、右譲渡担保契約は、被控訴組合が文夫に対し新規に金一五〇万円を貸出すというので、将来貸出さるべき一五〇万円の債務を担保するものであると主張するのに対し、被控訴組合は、同組合に対し文夫が負担している既存債務を含めて、総額一五〇万円程度の貸付けをなし、この債務を担保するものであると抗争するので考える。

各成立に争いのない甲第一、三号証、乙第三、四、八号証、同第五号証の一、各控訴人名下の印影の成立につき争いのない事実と原審証人徳永文夫の証言とによつて成立を認め得る乙第一、二号証、原審証人黒田政雄の証言により成立を認め得る乙第六、七号証、右各証言(ただし徳永文夫の証言は、後記信用しない部分を除外する。)原審被控訴組合代表者荒巻勘三郎尋問の結果、原審及び当審控訴本人尋問の結果(ただし後記排斥部分を除く)当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、訴外徳永文夫は薬剤師の免状を有して薬局商を営み、且つ被控訴組合の組合員で昭和三一年頃から被控訴組合との間に手形貸付けの方法による継続的取引を継続してきたのであるが、同じく薬剤師の免状を有して薬局を経営する控訴人は、文夫の父の兄に当り、文夫が新制中学校二年生の時同人を自宅に引取り、長崎薬学専門学校を卒業させ、将来同人を養子にする意思もあつて、資金を出して同人に薬局を営ませ、同人は控訴人を父と呼んでいた程で、同人と被控訴組合との継続的取引について作成された各手形取引約定書に、控訴人は連帯保証人として記名ないし署名押印している(乙第一ないし第四号証、第五号証の一、第八号証)こと、右各手形取引約定書の印刷部分を見るに、全部印刷された同一様式の文言記載で、そのうち極度額、違約損害金の額、日付を空白とするものであり、一般に信用組合、普通銀行において印刷使用しているひな型のものと大同小異であつて、本件に関し必要と認める契約条項を摘出記載すればつぎのとおりである。「私が貴組合に対し負担する現在及び将来の手形債務並びにこれに関連して、本契約より生ずる債務に対して左記各条項を遵守することを約諾する。(一) 本約定により貴組合に対して借主の負担すべき債務の金額は金   円也をその元本極度額とし、極度額は借主の振出、引受、参加引受、裏書、保証にかかる約束手形又は為替手形で、現に貴組合の所有に帰し又は将来貴組合の所有に帰すべき手形金額の合計を指すものとする。(二) 貴組合が前条極度額を随時減額し又は取引を中止しても異議なく、また極度額を超過して手形を取得した場合においても、本約定により義務を履行する。(三) 本約定は貴組合の都合により何時解約されても異議がない。(四) 手形がその要件を缺いた場合又は手形上の権利保全の手続に欠缺があつた場合においても、借主が手形面の金額を異議なく支払い、かつこの場合において生ずる損害も直ちに賠償する。(五) 手形その他の証書類の署名又は記名捺印で予じめ届出若しくは従前の手形その他証書類の筆蹟又は印鑑に照合して相違がないと認められた取引は、印章盗用その他どのような場合でも、借主が本約定によつて責任を負担する。(六) 貴組合において保証人の増員又は担保の差入れあるいは内入金を必要とするときは、理由の如何を問わず、請求次第その手続をする。(七) 左の場合においては債務の全額について弁済期到来したものとして、借主又は保証人の貴組合出資金及び出資積立金に対するその他の債権と任意相殺されても異議なく、又請求次第債務を弁済する。(イ) 本約定に違背し、若しくは貴組合に対する各債務中その一でも、履行を怠つたとき。(ロ) 手形交換所の不渡処分又は警告を受けたとき。(ハ) 保証人は担保の有無若しくは変更の如何に拘らず、借主とは勿論保証人相互間連帯して本約定の債務(極度超過分を含む)を保証し、履行の責に任ずる。」そして、右取引約定書には、取引期間及び保証期間の記載がない。ところで、控訴人は連帯保証人として、右印刷された約定書を使用して作成された本件各約定書中乙第三、四、八号証、第五号証の一には自身署名押印し、乙第一、二号証の不動文字を除く部分には自から記入してこれを作成して(控訴人と徳永文夫の署名部分を除く)いるので、約定書の条項は一応了知しているものと推認されること、本件譲渡担保契約の成立にあたり、控訴人は文夫の委託を受けて、控訴組合に対し本件有価証券を譲渡担保に供するの外、保証人(商法第五一一条により連帯保証人と推定される。)となることをも承諾していること。以上の各事実が認められる。以上の認定事実(ことに銀行、信用組合等の金融機関と継続的取引をなしている債務者のために、取引の途中人的物的の担保を負担提供する場合は、特段の事情のないかぎり、債務者が現在既に負担しかつ将来負担する債務を負担担保するものと推認するのが相当であること、)から推度すれば、本件譲渡担保契約は(この契約について契約書が作成された形跡はないが)、文夫が被控訴組合に対し既に負担する債務を除外し、昭和三七年二月六日の譲渡担保契約成立の時、被控訴組合に対し将来負担すべき貸付金債務のみを担保する旨の特段の意思表示がないかぎり、同人が同日までにすでに負担している債務を含めた、元本金一五〇万円を極度として担保するものと解するのを相当とする。

三  ところで(証拠)に依れば、つぎの事実、すなわち、訴外徳永文夫及び同人の妻圭子は、共に被控訴組合の組合員であつて、両名の被控訴組合に対する出資金額は合計金一二万余円であり、同組合の内規には、組合は組合員に対しその資力信用等を考慮し、組合の裁量により、出資金額の四倍までは無担保で資金を貸付けることができ、かつ同一組合に対する貸付金の合計が金五〇万円を超過するときは、原則として担保を徴求するという内規があり、文夫は自己固有の名義をもつてするの外、無担保による借入金額を大きくするため、被控訴組合の承諾を得て、自己の妻徳永圭子の名義を使用して圭子名義をもつても被控訴組合から手形による貸付けを受け、これを継続してきたが、昭和三七年一月二六日現在における文夫の債務の元本額は、金六九五、〇〇〇円(内圭子名義による金額は二三万円)に達しまた文夫は昭和三六年秋頃以来鳥飼善人、白木宏房らと組んでいわゆる小切手のたらい廻しの方法により資金のやりくりをし、資力信用ある者とは認められない状態と認められるにいたつたので、被控訴組合は、文夫に対して担保を差入れるよう要求していたところ、(前認定の内規及び前示二に認定した手形取引約定書の条項(六)参照)、折柄昭和三七年一月末頃前示小切手のたらい廻しによつて入手した金六四万円を鳥飼善人において費消したので、昭和三七年一月二九日付訴外白木宏房振出しにかかる、株式会社福岡銀行住吉支店を支払人とする金額六四万円の小切手一通(乙第一三号証参照)は、被控訴組合の手を経て、同月三一日支払のために持出されたが預金不足のため、同年二月一日不渡りとなり返却され、ひいて同年一月二八日振出しにかかり乙第一三号証と同旨の小切手も不渡りとなつて必ずや文夫が取引停止処分を受けるという急迫の事態に追い込まれ、営業の経営すら不可態となる状態に立ち至つたこと。もつとも同年二月二日の夜おそく、鳥飼善人が先に費消した金六四万円のうち、金四六六、〇〇〇円を他から工面して持参したので、文夫は取りあえず同夜被控訴組合代表者荒巻勘三郎宅を訪ねて同人に右事情を説明し、翌三日被控訴組合に右金四六六、〇〇〇円の入金を了するとともに、文夫が荒巻勘三郎に対して、「控訴人に依頼し必ず相当の担保を提供してもらうので、金六四万円の小切手が不渡りとなり、この見返りとして文夫が被控訴組合に差入れている約束手形の不渡りによる取引停止処分とならないよう金六四万円を貸出されたい」旨懇願したので、右荒巻勘三郎も同情し、控訴人から担保が提供されるものと判断して、被控訴組合から文夫に対し二月三日金六四万円が貸出され(ただし内金三四万円は借主名義を圭子とするもの)て、文夫は取引停止処分を免れたこと。右のような事情から、文夫夫妻は同月四日控訴人を訪ねて、被控訴人に対する負債の概要を説明し、資金ないし担保の供与を受けて、事業の継続再起をはかるべく、控訴人に応援助力を懇願したところ、控訴人から有価証券を担保に供することを申出でた結果、同月六日控訴人と被控訴人との間に、本件譲渡担保契約の成立を見るにいたつたのであるがこの契約成立に際して、控訴人は荒巻勘三郎から、既存債務の額の詳細は明示されなかつたにせよ、文夫の被控訴組合に対し負担する既存の債務を含めて合計金一五〇万円を被控訴組合から文夫に融資するものであることを了知の上、本件有価証券を被控訴組合に交付譲渡し右契約が成立したものであつて、前示のような事情から、本件譲渡担保が控訴人主張のように既存債務を除外した将来の債務のみを担保する趣旨においてなされる筈がないということ、本件譲渡担保契約成立により、同月六日被控訴組合は文夫に対し、金八五、〇〇〇円を約束手形により貸付け、なお前示金六四万円と金四六六、〇〇〇円との差額金一七四、〇〇〇円は、右同日文夫から同金額の同人振出しの約束手形を徴し、同人に同金を貸付けたことにして決済していること、被控訴組合の文夫に対する貸付元本額は、控訴人が昭和三七年四月一八日主張の供託をなした当時において金、一五九四、〇〇〇円存在すること、したがつて右供託によつて文夫の被控訴組合に対する前示元本金八五、〇〇〇円の債務が消滅するものとしても、なお本件譲渡担保によつて担保される多額の債務が残存すること。文夫は本件譲渡担保契約成立後前示の金一七四、〇〇〇円と金八五、〇〇〇円の取引をして以来、資金に困窮しているのにかかわらず、一度も被控訴組合に対して貸出しを請求したことがないこと。以上の事実が認められる。この認定に反し、あるいは反するかのような甲第二号証、原審証人徳永文夫、徳永ヨシ、当審証人徳永圭子の各証言、原審及び当審控訴本人尋問の結果は、前挙示援用の証拠と対照し、信用しない。また他に反証はない。

四  右認定によると、控訴人のなした弁済供託によつて、本件譲渡担保の被担保債務が消滅したという控訴人の主張の理由のないことは明らかであり、また、本件譲渡担保契約は、文夫の被控訴組合に対し負担する既存債務をも含めた債務を担保する約旨のものであつて、控訴人はそれを了承して右契約を締結したものである以上、右契約の締結につき要素の錯誤があるから無効であるという事実摘示記載の控訴人の主張も理由がなく、さらに、右担保契約は、被控訴組合代表者荒巻勘三郎の詐欺により締結されたものであるとの主張は、これを認めるに足るなんらの証拠もないので、この主張もまた失当である。

五  よつて控訴人の請求は理由がないのでこれを棄却すべく、同旨の原判決は相当で控訴は理由がない……。

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